「行動する児童相談所」を見据えたデジタル化の推進ー高崎市でのAiCAN導入の成果と課題【前編】

児童虐待対応をはじめとする子ども関連の相談業務が増加する中、高崎市では「行動する児童相談所」というコンセプトを掲げ、2025年度秋の児童相談所開設に向け準備を進めています。

その中で、虐待対応の迅速化と業務効率化のために、AiCANの導入を決定。実証実験を経て、現在は児童相談所の設立準備を進めながら、主に市町村での家庭支援業務を実行するためにAiCANを活用しています。

紙ベースでの業務、運用が当たり前だった市町村業務にどのようにAiCANを導入していったのか。実証実験をはじめとする取り組みで見えた成果や課題、業務や職員の変化、そしてこれからの展望について、AiCANの導入の推進を担当した児童相談所準備室企画担当・星名広太氏に話を伺いました。

前編では、高崎市がAiCANを導入することに至った背景や、導入前の実証実験で得られた成果と課題について掘り下げます。

紙ベースの運用では児相業務は担えない

AiCAN導入の背景や、市町村業務の課題について教えてください。

私たち高崎市では、これまで児童虐待対応を含む子ども家庭関連の相談業務は、紙を中心に行ってきました。報告書や記録は紙に印刷して上席や同僚間で回覧して共有し、保存する。そんな運用をずっと続けてきたのです。

ただ、将来的に児童相談所を設置し、県の機能や業務を市が担うようになると、これまで以上にケース数が増えたり、一時保護や緊急対応が必要な案件に素早く動いたりするケースが一気に増えることが予想されました。そうなると、これまでの紙ベースの業務設計ではまず対応しきれないだろう、という危機感があり、システムの導入について情報収集を進めていました。

ちょうどそのタイミングで、群馬県内で開催された勉強会でAiCANさんのことを知りました。その後、話をしていく中で、AiCANさんから「実証実験をやりませんか?」と声をかけていただきました。システムを使って業務をするイメージがつかめておらず、「使ってみたらどうなるのだろう」と思い、実証実験を行わせて頂くことになりました。

実証実験での不安と戸惑い

実際に実証実験をする段階では、現場のケースワーカーや職員の方々からはどんな反応があったのでしょうか?

私たち企画担当の職員は「児童相談所になるなら、システムの導入は必須だ」と考えていたのですが、現場からは「既存業務でただでさえ忙しいのに、なぜ今さら新しいシステムを入れるのか」、「そもそも導入する会社も決まっていない状態で、なぜこんな実証実験をするのか」という声もありました。

ただ、一方で、「現状に加えて、児相業務をやるなら何らかのシステムは必要」という空気感もありました。なので、反発というよりは、業務や運用が具体的にどう変わるのかが見えないことによる不安や戸惑いが大きかったのだと思います。

そのため、我々からシステム導入の必要性を説明しました。また、過去に他の自治体の児童相談所に派遣された職員が「紙だけでこなすのは限界がある」、「システムを使わないと管理が追いつかない」という話をしてくれたこともあって、最終的には「試してみよう」と納得してもらえた形です。

実証実験でAiCANを実際に使い始めると、最初は戸惑いや抵抗感はあるようでしたが、使っているうちに慣れてきて、一ヶ月も経つと「これが当たり前」というような空気になっていきました。
実証実験が終わる頃には「せっかく慣れたのにもう終わっちゃうのか」、「本導入はいつなのか」という声も聞くようになりました。

タブレットがもたらした効率化と行動の変化

実際に実証実験で得られた効果で、想定通りだった部分はどんな点でしょうか?

まずは「事務作業の効率化」です。相談業務以外に、記録の作成や会議資料の準備などにかなりの時間が取られており、大きな課題となっていました。AiCANを使うことで書類の準備の手間が省けたり、隙間時間を活用して事務作業をすることができるようになり、事務作業の負担が減ったという実感があります。事務作業を効率化したことによって生まれたリソースを相談業務に割り当てることで、相談の質、量が向上していると考えています。

タブレット端末はどのように活用していますか?

これまでは、「パソコンを持ち運ぶなんて考えたこともない」「紙でメモするのが当たり前」という感じでしたが、実証実験をきっかけに、「iPadなら持ち運びもしやすいし、その場で入力すれば後が楽」という認識が現場に広がりました。慣れると「もうこれが手放せない」「紙だと二度手間になる」という声を多く聞くようになりました。

また、高崎市は都心部と違い、担当地域が広いため、車での移動が中心で移動時間が長くなってしまうことも少なくありません。また、病院や関係各所での手続きに同行することもあるのですが、待ち時間が長くなってしまうことが多々あります。紙ベースの運用をしていたときは、一度庁舎に戻ってから報告書を書き直していましたが、今は、タブレットを常に携帯しているので、車内や病院などの手続き先での待ち時間に書類を作成することができるようになりました。今では、庁内で会議をする際に、会議開始までのわずかな待ち時間に作業を進める、といった光景も見られるようになりました。

対応スピードの向上や職員の育成はまだ実感できていない

一方で、期待した効果を実感できていない部分もあるとお聞きしました。

当初想定していた「虐待への緊急対応へのスピードが上がる」という点は、市町村業務の範囲だと、該当するような緊急性の高い案件があまりないため、実感しづらいです。本格的に児童相談所として稼働すれば、一時保護が必要なケースやより重篤な児童虐待が想定されるケースが確実に増えてくるはずなので、そこで真価がわかるのではないかと思っています。

また、AiCANにはデータを活用したAI機能を活用することで経験の浅い職員をサポートする仕組みも含まれていますが、データ蓄積が十分でないこともあり、まだ実感できていません。そこはこれからに期待している部分です。じっくりデータを貯めていけば、虐待への初期対応をはじめとして、面接のヒントやサポートプランづくりなどの補助機能も最大限に生かせるのではないかと思っています。

データのばらつきと運用ルールの重要性

実証実験を通じて見えてきた課題はありましたか?

「使用方法や入力方法のばらつき」です。AiCANは比較的自由に情報を入力できるので、職員ごとに記入する項目が違っていたり、表記が違ってしまうという事態が起きました。例えば、ある職員が入力している項目を別の職員は入力していなかったり、名前のスペースを入れる/入れないという表記揺れのせいで検索結果が変わってしまったり。

また、職員が自由な使い方を自由に横展開していたので、課内での統一された方法ではなく、それぞれのグループに応じての使い方になってしまい、ばらつきが出るようになってしまいました。

紙運用のときは、シンプルな書式で取り扱っている情報が少なく、特に問題にならなかったんです。内容にばらつきがあってもデータ活用は最小限だったので、影響も限定的でした。一方で、AiCANに入力したデータを今後案件管理や分析に活用しようとすると、ばらつきが大きいと精度が落ちてしまったり、適切な分析ができない原因にもなる。

導入初期は「まずは自由に使ってみてほしい」という方針でしたが、最終的に「こういう場合は必ずこの項目も入れてください」とか「名前の表記はこうしてください」など、最低限のガイドラインを設けることにしました。現場の職員からも、何らかのルールがあった方が使いやすいという声もありました。

後編では、AiCANを導入したことで実務がどのように変わったのかについて伺います。

「行動する児童相談所」を掲げ、紙運用の限界を乗り越えるために高崎市が選んだのは、SaaS型システム「AiCAN」の導入でした。後編となる本記事では、AiCANの導入によって生じた業務の見直しや、アップデートが続く開発途上のシステムとどう向き合うかといった点に焦点を当て、高崎市がどのようにAiCANを活用して業務を推進、改善しているのかを深掘りします。

AiCANを導入してなくなった書類の回覧

AiCANの導入によって他の業務にも影響はありましたか?

AiCANがSaaS(Software as a Service)型のサービスであることの影響が大きいです。これまでは業務に合わせて紙の書類を準備する、ツールを活用するという考え方で業務を推進してきたのですが、AiCANを導入してからは、AiCANを最大限うまく活用できるように業務を設計する、という考え方に変わりました。

AiCANをうまく使っていくために、これまでの業務を見直す必要が出てきたため、システムの改善だけでなく、業務フローの見直しやルールの設定も並行して進めて行きました。

具体的な事例を教えてもらえますか?

これまでは帳票類や記録を印刷してから上席に回覧して確認してもらうという運用をやっていたんです。でも、同じことをAiCANの電子決裁機能を使ってやってみたら、膨大な件数を電子上でチェックしなければならなくなってしまい、一ヶ月経っても回覧が終わらない、という状況になりました。

そのときに、「そもそもどうして全ての書類を回覧する必要があるのだろう?」、「確かにこれ、意義が曖昧じゃない?」という話になり、最終的には、「紙の書類の回覧はやめる」、「重要な書類については、AiCANの決裁機能と市の文書管理システムを状況に応じて使い分けて決裁を行う」という形に方針をガラッと変えました。

変更には賛否両論ありましたが、新しい方針を導入することで決裁は以前よりもスムースにできるようになったと思います。

児相設置を「何となく続けていた業務」を見直す好機に

システムの導入と並行して業務フローやルールの見直しを進めるのは負荷が大きいですよね

現在は児童相談所の設置準備とAiCANの開発、改善が並行して進んでいるため、どちらも確定していない状態なんです。「将来の業務フローが決まったらAiCANの使い方を決めたいけど、AiCANもアップデート中で今後仕様が変わるかもしれない。業務フローとAiCANの仕様に齟齬があったら再度フローを作り直さなければならない」というような難しさはあります。

一方で、児童相談所を新設するこのタイミングだからこそ、「本当に必要な業務は何か」といった視点で業務を見直すこと、設計することができているように思っています。

改めて、法令や国の指針、ガイドラインを読み込んでいくと、今までの運用のおかしい点に気づくこともあります。また、他自治体を視察したり、担当者の方に話を伺う機会が多いので、外の事例に触れることもできます。そういった中で得られた知見が、現在の業務フローを見直したり、児相での業務フローを設計したり、AiCANの効果的な活用方法を考えるために役立っていると感じています。

定期的なアップデートのメリット、デメリットをどう乗り越えるか

AiCANはSaaS型ゆえに頻繁に機能がアップデートされると思いますが、その点はいかがですか?

アップデート自体はありがたいです。たとえば「ここはもう少しこうなったらいい」といった要望が比較的早く反映されるのは、自治体システムとしては珍しいですし、現場にとっても助かります。

ただ一方で、アップデートがあると「新機能を使うために運用ルールを変えよう」という作業が必須になるので、そこで周知や説明が追いつかず混乱しがちな面もあります。

ただ、その状況に対してAiCANの担当者さんも丁寧にコミュニケーションをとってくださり、「現時点での仕様はこうなります」、「今後こう変わる予定です」という情報を頻繁に共有してくれるので、それを元に業務フローやルールの見直しを行い、対応しています。

アジャイル型(開発を小さな単位に分け、計画、設計、実装、テスト、リリースを繰り返すことで、短期間に成果物をリリースしていく手法)で開発を並行していくことのメリットは大きいですが、その分自治体側にもそれを受け止めて、調整し続けていくためのチーム体制やリソースが求められるなと感じています。

「行動する児童相談所」の実現にAiCANは不可欠

SaaS型で、かつ、開発途上(※1)であるAiCANを採択することには不安やリスクはあったと思うのですが、改めて最終的にAiCANが採択された理由を教えていただけますか?

先ほどは、アジャイル開発のメリットを話したのですが、「開発途上である」というのは導入に関しては本来大きなデメリットなんです。「すでに完成しているパッケージを並べて必要な機能がそろっているかを比較したい」というのが一般的な考え方ですが、それに対し、AiCANさんは「今後この機能をリリース予定です」、「正式版ではこうなります」という開発途上の形で提示されていたので、どうしても不安は残りました。

それでも最終的にAiCANさんがプロポーザルにて採択され、契約に至ったのは、タブレットを活用することで現場とバックオフィスをシームレスにつなぐことができるなど、現場を重視する「行動する児童相談所」という高崎市のコンセプトに最も合致すると考えられたからです。そのコンセプトに合致するという大きなメリットが、開発途中であるというデメリットを上回った、ということが大きかった。

(※1)法定業務管理機能オプションのリリースは令和6年12月で、リリース前の採択でした

今後の課題と期待

今後、AiCANに期待することや、解決したい課題があればお聞かせください。

まず「住民基本台帳システムなどとの連携」です。名前や住所などの表記揺れをなくし、入力の手間やミスを減らすには、どうしても外部システムとの連携が欠かせません。また、他部署の情報をAiCANでも確認できるようになれば、より業務の効率化を進めることができます。自治体特有のセキュリティ要件や技術的な障壁もあるので、一朝一夕にはいかないと思いますが、これが実現できると日常業務がさらにスムーズになるはずです。

もうひとつは「AiCANとしての設計思想の明確化」です。自治体によって児童相談所の業務フローや運用方法が大きく異なるため、AiCANさんにも多種多様な要望が寄せられると思います。もちろん多くの要望に応えようとしてくれるのはありがたいのですが、「なぜそれが必要なのか」、「どう使うことを想定しているのか」というAiCANの設計思想が不明確なままだと、こちらも業務フローを設計するのが難しくなってしまいます。AiCANさんが児童相談所の業務のICT化・DX化をどのような哲学や思想に基づいて設計しているのか、AiCANを通じてどういう価値を提供しようとしているかを私たちも理解したいし、現場にその考え方を共有していけるといいなと思っています。

前後編を通じて、高崎市さんが「紙運用からの脱却」へどのように踏み出し、実証実験から本導入への道を歩んできたかが見えてきました。

児童相談所開設に向けて、これからが本当の正念場。「行動する児童相談所」というコンセプトをぶらさず、AiCANのシステムを軸に業務の設計を進めています。その動向は同じ悩みを抱える多くの自治体の参考になるのではないでしょうか。